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鹿児島地方裁判所 昭和30年(ワ)156号 判決

原告 文明農機株式会社

被告 鶴克己

主文

被告は原告に対し金参拾七万弐千円を支払へ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告の主張

(1)  原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因としてつぎのとおり陳述した。

原告は被告に対し、昭和二十九年十一月八日より同年十二月三十日までの間に代金支払時期は取引をなした月の末日払いと約束して代金百十四万千円に相当する農機具を売渡した。その後被告は昭和三十年一月二十二日までの間に数回に亘り金六十万九千円を支払つたが、残額金五十三万二千円の支払を遅滞していたので、右残額請求のため本訴を提起したのであるが、本訴繋属後である昭和三十年九月二十日原被告間に未払代金の支払方につき和解契約が成立し、被告の支払うべき金額は、前記残存債務額中より金十五万円を減額した金三十八万二千円とし、その支払期日を同年十一月二十五日とした。しかるに、被告は右約定金額中、金一万円を支払つただけで、残余の金三十七万二千円は未済である。よつて、原告は、本訴により、右残余額三十七万二千円の支払を求める次第である。

(2)  被告の後記管轄違の抗弁に対し、原告訴訟代理人はつぎのとおり陳述した。

本訴は義務履行地の特別裁判籍に提起したもので、被告主張の事実は否認する。本訴請求の義務履行地は鹿児島市である。

二、被告の答弁

(1)  管轄違の抗弁

被告は、本訴は管轄違であるとして、つぎのとおり主張した。本訴は義務履行地の特別裁判籍によつて提起されたものと思料するが、本訴請求についての義務履行地は福岡県八女市である。すなわち、本件取引は元来後記のように委託販売であるが、それがかりに原告主張のように売買であるとしても、その代金決済方法は被告が原告に対し、支払場所を福岡銀行八女支店とする約束手形を振出交付することになつていたから、右取引を原因とする本訴の義務履行地は福岡県八女市である。よつて、本訴は同市を管轄する裁判所に移送せられるべきである。

(2)  本案についての答弁

被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

原告主張の取引は単純な売買ではなくして、委託販売である。すなわち、原告はその主張のころ、販売地区を福岡県八女郡及び八女市一円、ならびに同県山川郡のうち東村山郡及び山川一円として農機具の販売方を委託した。この取引に基き被告が原告に支払うべき債務の存することは認めるが、その数額は原告主張と異り、金三十一万五千四百円である。

三、証拠〈省略〉

理由

一、まづ土地管轄について判断する。

被告の住所は冒頭記載のとおり、福岡県八女市内にあるので、本訴の土地管轄は特別裁判籍により提起したものと考えられるところ、原告が請求原因として主張する事実によれば、本訴の特別裁判籍としては義務履行地の裁判籍が予想せられる唯一のものである。よつて、本訴請求の義務履行地が何れの地であるかにつき考察する。

原告会社代表者の供述及び右供述によりその成立を是認すべき甲第一号証によれば、原告は被告に対し昭和二十九年十一月八日より同年十二月三十日までの間に代金百十四万一千円に相当する農機具を売渡し、被告は昭和三十年九月二十日当時においてもなお金五十三万二千円の代金債務を延滞していたこと、しこうして、原告は右残代金の支払を求めるために本訴を提起するに至つたものであるが、本訴繋属後である昭和三十年九月二十日原被告間に被告の本件未払代金支払方について和解契約が成立し、その結果、被告は原告に対し、前記未払額中より金十五万円を減額した金三十八万二千円を昭和三十年十一月二十五日までに福岡銀行八女支店より鹿児島銀行における原告名義の当座預金口座に振込むという方法によつて支払うこととなつたこと等の事実を認めるに十分である。しこうして、右認定にかかわる支払方法はいはゆる送金債務であるから、この場合の義務履行地は鹿児島市と解するのを相当とする。されば、本訴請求の義務履行地は少くとも昭和三十年九月二十日の和解契約以降は鹿児島市であると認めるのを相当とする。しこうして、前認定の事実よりすれば本訴提起当時の義務履行地はいまだいづれとも判断しえない次第であるが、かりに、訴提起当時に受訴裁判所に土地管轄がない場合でも、その後に管轄原因が発生すれば、これによつて管轄についての瑕疵は治癒せられるものと解するのを相当とする故に、本訴請求についての現在の義務履行地がすでに前示のように当裁判所の管轄区域内にある以上、訴提起当時の義務履行地が何れの地であるかに論なく、当裁判所は本訴につき当然管轄権を有するものというべきである。

したがつて、被告の管轄違の抗弁は排斥を免れない。

二、つぎに、本案についての判断を進める次第であるが、前認定の事実はすべて本案の判断の根拠とする。被告は本件取引は委託販売であると主張し、かつ残存債務額を争うけれども、右主張についてはこれを認めるに足る証拠はなく、結局本件取引は前認定のように売買であり、その残存債務額は昭和三十年九月二十日の和解の結果金三十八万二千円あるものと認めるの外はない。しこうして、原告訴訟代理人は被告は右和解の後金一万円の支払をなしたと自陳して、本訴において金三十七万二千円の請求をなすものであるから、原告の本訴請求は理由があるものとして認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

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